住居はいかに可能か

2003.3.5 | TEXT

 

南泰裕著『住居はいかに可能か』
南泰裕著『住居はいかに可能か』

とても印象に残っている論文がある。1993年だったと思うが『建築文化』という建築専門雑誌に載っていた「アンチクロニクル’80」という名前の論文で、そのリズムのいい文体と時代の見方にとてもショックを受けた。建築分野の文章でも、こんなふうに表現ができるのだという認識を持つことができたという意味で、自分にとって、とても重要なものだった。その論文を書いたのが、自分よりちょっとだけ年上の大学院生であるこがわかり、けっこうショックだったのを覚えている。南泰裕という人だった。
『住居はいかに可能か』というタイトルの本を、その南さんが書いた。僕が「アンチクロニクル’80」という論文を目にしてから10年がたっている。その出版記念パーティーに行って来た。

原広司という建築家がいる。『A』の1号をつくるとき、僕がはじめてインタビューをしたのがこの巨匠建築家だった。とにかく緊張していたことしか覚えていない。そのとき話題になったのが、原広司の処女作『建築に何が可能か』という本だった。その本は、原氏が30歳のとき、今から40年前に書かれたものだった

「僕が追い求めているのは、そこから変わっていない」
と話している姿が印象に残っていて、それから僕は『A』の編集のなかでたくさんの人々にインタビューをすることになるのだが、今でもそのときの記憶は鮮明さを放っている。『建築に何が可能か』っていう問いは、おそらく僕にとっても、ずっと自分につきつけることになりそうなフレーズだなあと、そのときに思い、そして今でもそれはやはり変わっていない。
南さんが書いた『住居はいかに可能か』という本は、上記の二つの強烈な記憶を同時に喚起するものだった。その文章はさらに切れ味を増した上に、知識の層が厚くなっている分、読み進むのには時間がかかるものになっているけど、それが10年の経過であるのだろう。せっかくだから、ゆっくり読んでみたい。
出版パーティーであいさつしていた五十嵐太郎さん(建築史家)が、「南さんの文章を見て、こんな文章は書けない、だから違う書き方(五十嵐さんの場合は、それが圧倒的な知識量によって担保されているものだと思うが)で行こうと思った」と話していたのを聞いて、南文体を見てショックを受けた人は、やっぱ他にもいたんだなあと思った。というか、それが五十嵐世界のカウンターであるということならば、またそれも興味深いことだと思う。

パーティーの後は、いつものように飲んだくれていたが、ギャラリー間の連続講演のときも一緒だった太田浩史さんが、独自のピクニック理論を展開していて面白かった。WSW(workshopware)の考え方にもちょっと似ていて、こりゃ面白くなりそうだと直感的に感じた。こうやって、なんとなく語り始めたり、つくり始めたり、仕掛け始めたりする、30代であった。みんな、空元気だが、元気だけはいい。そしてみんな酒飲みだ。

この2週間、旅はなく、東京でドタバタとした落ち着かない日々を送ってきた。
小さな出来事が折り重なるようにやってくる毎日。
まず、雪が降った。
これは北陸のどこかの街のものではなく、僕の部屋のベランダから撮ったものだ。朝、目が覚めると、こんな世界が広がっていて、ついシャッターを押してみた。こうやって切り取って見ると見慣れた風景も、どこか遠い地のように見えてくる。

東京デザイナーズブロックで発表していたダンボールでできた新作が、雑誌『ポパイ』(12/23売り)の表紙を飾ることに!
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そうした日々のなか、彼は突然やってきた。何の予告もなしに。

ある日、事務所の戻ってくると、場所をシェアしている永山が、
「なんか、マルサみたいな、真っ黒な服を着て、腰の低そうなやつが来たぞ」
と言って、彼が置いていったという封筒を渡された。
彼の鼻は、こらえきれない笑いを必死でこらえているために、ピクピクと動いている。喜びに溢れた表情だった。
どんな人だったか聞いてみると、
「笑うせえるすまんみたいな感じのやつが、トントン、馬場さんいますかって感じで・・・」
果たしてこれは「査察」ってやつだろうか? そんな大げさなもんがこんな貧乏所帯にやってくることがあるのだろうか? 暗い部屋に連れていかられて尋問されたりするのだろうか? いくら持って行かれるのだろうか? 正月は越せるのだろうか? 不安が頭の仲を駆けめぐった。
封筒を開けると、なかに赤い色の紙が入っているのが見え、その瞬間それがどういった種類のものなのかを覚悟した。
「・・・・・」
日本という国を捨てたくなった。
今年事務所を立ち上げたばっかなのに、いきなりかよ!
ケッ。

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*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「住居はいかに可能か」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)