一年がかりで取り組んだ、東京湾岸、日の出埠頭にある巨大な印刷工場のリノベーションが完成した。『夕刊フジ』というタブロイド版が刷られていたので、TABLOIDと呼ばれている。
工場機能が停止してから数年間、この空間はまったく使われていなかった。巨大な吹抜は倉庫にすら向かない。無駄に大きなだけのお荷物物件。複数のディベロッパーが、解体した後にマンションやオフィスに建て替えるプランをプレゼンテーションに来たらしい。
一方、僕らがこの空聞を訪れたとき、壊すなんて選択肢は思いつきもしなかった。ジャーナリストでもある産経新聞の社員は、僕が最初に内部空間に入ったときの印象に響いてくれた。
収支シミュレーションをしても、新築するより圧倒的にコストパフォーマンスがよかった。
しかしそこからが苦労の連続。かつての工場は不確定要素の塊だ。いたるところに落とし穴やハプニングが隠れていて、設計作業はそれをかいくぐるゲームのようでさえあった。そのプロセスで、日本で大規模工場や倉庫をコンバージョンすることの困難や限界を味わうことになる。都市に美しく眠るストックを、そのポテンシャルを生かしたままで再生するには、見直さなければならない規制が数多く横たわる。
プレゼンのときこう言った。
「これを単なる建物だとは思わないで下さい。かつて紙メディアが生産されていた場所で、ここでしか生まれない出来事が生産される。そういう意味で、このビルディングはメディアです」
今、TABLOIDは、さまざまな実験的なイベントやインスタレ-ション、新しい働き方が行われている場として認識され始めている。それはここがかつて工場だったという特殊な文脈に誘発されているのだと思う。この現象は、コンバージョンが社会に定着する、ある段階であって欲しい。
*こちらの記事は季刊誌『オルタナ20号(2010年7月30日発売)」に「工場の物語を継承し続ける」というタイトルで掲載された記事です。
(文=馬場正尊)