現代美術の夏休み

2002.7.29 | TEXT

 

帯広競馬場の風景:競馬場という場所が、このイベントを独特のものにしている。
帯広競馬場の風景:競馬場という場所が、このイベントを独特のものにしている。
帯広競馬場の風景
帯広競馬場の風景

帯広に行って来た。そこでは、芹沢高志氏が総合ディレクターを務める現代アートのイベント、『デメーテル』(とかち国際現代アート展)が行われている。蔡國強、オノ・ヨーコ、シネ・ノマド、岩井成昭、金守子、カサグランデ&リンターラ、ヴォルフガング・ヴィンター&ベルトルト・ホルベルト、川俣正、インゴ・ギュンター、nIALL(中村政人、岸健太、田中陽明)の10組のアーティストが帯広の競馬場のなかでインスタレーションを行っている。

A編集部は、次の号の取材と夏休みを兼ねての帯広へ。特別に会場のなかの厩舎の一室を借りて一週間住まわせてもらった。そこは競走馬と調教師が一緒に暮らす空間で、馬小屋と人の住居が隣どうし同じ屋根の下にある。部屋は当然、馬臭かった。落書きやレースの予定表など、活気の余韻のようなものが残っている。小屋にも馬の存在感がありありと残っている。そこで僕らは、編集会議をしたり、PCを広げて原稿を書いたり、麻雀をしたりして過ごした。夏休みの合宿の雰囲気。

この競馬場で行われる「ばんえい競馬」という北海道独特の競馬は、いわゆる競馬とはずいぶん違って、北海道の各地を巡回する。会期中、競馬場は人口700人の街になり、それが終わると誰もいなくなる。1年のなかの数日間だけ街となる、幻のような場所だ。その場所の選択が、なんとも芹沢さんらしいと、現地を見ながら強く思った。10組の作家の選択と「サイトオリエンテッド」と表現されるコンセプトは、まずこの競馬場という場所から始まっている。

競馬場の近くに銭湯を見つけた。しかも温泉だ。独特の緑がかった粘性のあるお湯がとにかく気に入って、毎日、編集部のみんなでわいわいと通った。番台のおばさんに紹介してもらったジンギスカン料理に寄って、また競馬場に戻る。こう書いてしまうと。ほんとに夏休みの絵日記のようにしか見えない……。実際、楽しかった。

次のAでは、オープニング前後の様子を中心に、この『デメーテル』をレポートしたいと思っている。幸いにも、最後の設営や調整を行うアーティストたちに直接話を聞くことができた。彼らにとっても、この競馬場という場所と帯広の広い空は、いつもの現代美術のイベントとは少し様子が違うらしく、ゆったりとした空気のなかで、長いインタビューを行うことができたし、いつもよりちょっと油断したアーティストの素顔のようなものを捉えることができたんじゃないかと思っている。

ちょうどオープニングのときに、台風が上陸した。波乱含みでこの『デメーテル』は始まったのだが、その自然のいたずらがアウトドア(しかもだだっ広い競馬場)でのインスタレーションならではのドラマを生み出すことになった。それが、さらにこのイベントを印象深いものにしたと思う。7月に北海道に台風が来ることなど歴史的に見てもほとんどない。芹沢さんは、半分あきれたように、でも半分は台風到来にわくわくしている子どものような表情をしていた(ように見えた)。実際は、そんな場合ではなかったとは思う。現場は徹夜の大騒ぎだった。

特にその台風の影響をモロに喰らったのが蔡の作品だ。直径30mの巨大なバルーン(UFOと呼ばれていた)が、この日、空に飛び立つはずだった。夕方から、イチかバチかでヘリウムが充填し始められ、その巨体が徐々に姿を現し始めた。夜になり作業のための照明がつけられ、それによってバルーンはライトアップされる。白い塊が次第に大きくなっていく風景は壮観で、その様子は、会場の端からでもよく見えた。この暴風雨のなか、果たしてUFOは浮き上がることができるのか、スタッフの全員がかたずを飲んで見守った。その風景や出来事が、なにより強い印象として残っている。

次の日、まだ緊張の残る現場事務所で蔡をつかまえて話を聞いた。ニコニコしながら、「僕の作品はいろいろな環境が左右する。特に火薬を使うものはね。例えば、行政や警察の人が誰か許可してくれなければ、その作品は成立しないし、もちろんたくさんのボランティアやスタッフの協力がないと成り立たない。こんなふうに天気だって協力してくれないと苦労する。それが全部クリアできてやっとその一瞬が訪れる。そのためには、みんなが見てみたい、と純粋に思うようなものじゃなきゃだめなんだ。「オレが許可しないと、これをみんなが見れなくなる」、と思うと、役人さんもなんとか許可しようと思うでしょ。そして大きな爆発を見る。関わった人誰もが「あそこで、自分があんなふうにがんばったから今この爆発がある」と思える。そのとき、作品は大勢の人のものになっている。

中途半端なものではダメ。徹底的に無駄で、すごくお金もかかって、たくさんの人が巻き込まれる。そうでないと、計画は途中で途切れてしまう。そんなこと、アートか戦争でしかできない」。
僕はまさにその様子、バルーンを上げるために必死になり、現場や事務局が大騒ぎしている、そのプロセスを目の当たりにしたわけだけど、蔡は「それも現代美術さ」と言っているように見えた。

『デメーテル』は、2002年9月23日まで開催されています。
詳細は、http://www.demeter.jp/

そらとぶくじら:台風の強風で、膜や構造体は破損し、UFOは飛ばなかった。しかし、だからこそこの空飛ぶくじらのような姿が印象に残っている。
そらとぶくじら:台風の強風で、膜や構造体は破損し、UFOは飛ばなかった。しかし、だからこそこの空飛ぶくじらのような姿が印象に残っている。
暗闇に光るバルーン:ヘリウムガスを充填する作業は、台風の中徹夜で行われた。「未知との遭遇」のような体験だった。
暗闇に光るバルーン:ヘリウムガスを充填する作業は、台風の中徹夜で行われた。「未知との遭遇」のような体験だった。

 

*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「現代美術の夏休み」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)