6月4日、ワールドカップのベルギー戦を羽田空港の待合ロビーのテレビで見終え、そのまま飛び乗った飛行機の中でこの原稿を書くことになった。まだ興奮の余韻が残る。空港の長い通路を、日本が点を獲る度にウォーッ!という歓声が駆け抜けていく様子は壮観だった。移動中の乗客たちも歓声と共に小さいテレビの前に駆け寄ってきてスーツ姿でガッツポーズしてたりして、なかなかシュールだった。今後、空港全体が一つになるっていう不思議なシーンを見ることはまずないだろう。かく言う僕も、いつのまにかに隣の見知らぬサラリーマンとビール片手に「あれのどこがファールなんだ!」と稲本の幻のゴールシーンを巡って一緒に騒ぎ立てていた。
いったい何機の離陸が遅れたことだろう。空港職員は、勘弁してよっていう顔で席を立とうとしない観客、いや乗客たちを搭乗口へせかしていた。ゲームのない東京では、なかなかワールドカップ気分を感じることができなかったけど、意外なところでそれを体験することになってしまった。「こんな日に出張とは……」と、くさっていた僕だけれど、これもこれで忘れなれない風景になりそうだ。いつもとはまったく違う空港の表情。
『A』vol.13の移動特集でも書いたことがあるけど、僕は空港が好きだ。アノニマスな人々が、次ぎの何処かへ飛び立つ直前のほんの一時を共有する、その刹那な感覚がいい。その号でインタビューした今福龍太氏が、空港を何処にも属さない不思議な中間領域だと評し、そこでの偶然の出会いの美しい描写を話してくれたのを思い出していた。
沖縄への最終便は空席が目立っている。いつもはこの便もけっこう混んでいることが多いのだが、沖縄が梅雨のためか、やはり日本の初戦のためだろうか。
沖縄へはかなりの頻度で通っている。嘉手納基地や喜納昌吉や紫といった沖縄ロックで有名なコザ(沖縄市)で仕事をしている、というより実は今年の始めにその街に会社をつくってしまった。最初は、子どものためのワークショップミュージアムのインテリア設計をやっていたのだけど、通っているうちにすっかり場所の虜になってしまい拠点を構えることにした。その会社ではワークショップのための家具や空間のデザインや販売までをやることになっている。
通い始めると、沖縄と東京は近い。今日も東京でひとしきり仕事を済ませ、最終便で沖縄へ。泡盛と沖縄料理で深夜の夕食(沖縄の夜は深い!)をとって、明日は一日仕事をしてまた最終で東京に帰る。移動の途中もこうやって文章を書いたり、ワールドカップを観戦したりしているわけで、いつもの夜と大きな違いがあるわけでもない。ただ、東京とは違った暖かく湿った空気がちょっとだけ精神のモードを切り替えてくれる。そして、それが僕にとってとても重要だったりする。
最近は「移動」が生活や仕事のリズムをつくっているような気さえしている。移動と移動のスキマの結節点でミーティングをしたり文章を書いたり、デザイン作業を行ったりしている。何処かに拠点を構えることへの必要性も欲求もどんどん薄らいでいる。『A』の編集室がある、東京にデザインスタジオもある、デスクワークは自宅ですることも多い、沖縄にも会社をつくっちまった……。そのノマディックな状況を楽しめるようになっている。
そしてまた、こうやってrealtokyoのなかにも小さな場所をもらうことができた。僕にとっては、ここも上記同様、移動の結節点の一つだ。今後、いろいろな場所から都市の描写をしていきたいと思う。
*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「Traveling Life」というタイトルで掲載された記事です。
(文=馬場正尊)