羽田空港の拡張と深夜便の就航は、東京の使い方、東京と地方や海外との関係をドラスチックに変えるかもしれない。それは、都市と自然を往復するオルタナティブライフの可能性を秘めている。この夏、それを実感する出来事があった。
金曜日の夜9 時過ぎ。「今から沖縄に来ないか」と突然、旅行中の妻からのメールが着信した。「何をふざけたことを…」と思いながら無視しようとした瞬間、矢継ぎ早に続きのメールが届いた。「0時20分羽田発、スカイマーク」。えっ、そんな便があるのか。
事務所を午後10時に出て、そのまま深夜の羽田空港に直行した。すると確かに、0時20分発那覇行きはあった。機内では爆睡。離陸の瞬間さえ記憶が暖味で、気がつけば着陸態勢に入っていた。
翌朝、寝不足の目をこすりながら、朝9時発の慶良問諸島行きの高速船に乗り、10時には阿嘉島という小さな島の港に到着。昨夜からのことにイマイチ現実感が持てないままに、僕は真っ青な海と空と、ガジュマルが日陰をつくる海辺に立っていた。
気になったのは、この島の珊瑚が年々後退し、自然破壊が如実に進んでいること。こうして泳いでいる人聞がここまでにしたのだから、複雑な思いだ。十数年前にここに来たときは、波打ち際のすぐ近くまで珊瑚が生きていた。今では、沖に数十メートル泳がないと見られない。
夕方、陸に上がって海辺の沖縄そば屋で冷えたオリオンビールを飲む。僕 は沖縄にいるんだ—。不思議な気分だった。翌日の午後まで島で過ごし、日曜の夕方の便で羽田に戻る。慌ただしいようだが、僕には十分だった。
1日も会社を休まず、心の準備も全くなく、対外的には空白の、個人的には充実の週末を過ごした。少しヒリヒリする肌が、確かに沖縄に行って来た記憶の証拠になっている。
今後、羽田のハブ化が進めば、行き先は沖縄だけでなく北にも海外にも拡張するだろう。都市と自然を行ったり来たり、小さな日本を楽しむ新しい時間の使い方、オルタナティブライフを発見した気分だった。
*こちらの記事は季刊誌『オルタナ22号(2010年11月30日発売)」に「羽田発、深夜便がライフスタイルを変える」というタイトルで掲載された記事です。
(文=馬場正尊)